【イベントレポート】クライシスを力に変えるセルフマネジメントとは 〜 五感をひらく、現代人のためのリトリート体験記 〜

寒さの残る2025年3月8日、雅楽 笙演奏家でもあり、ヴォイスワークを提供されている大塚惇平氏、会場でもある1619年に開山された日蓮宗の寺院 正覚寺の池田住職、そしてTransform共同経営者ジェレミー・ハンターの三者がそれぞれ「声・感覚」を軸に参加者の皆さまに語りかけ、ワークを行うリトリートを実施しました。

1月初旬に起きたアメリカ・ロサンゼルスの山火事で自宅が全焼してしまったジェレミー。カオスの中での来日ということで、心配していた多くの方々も会場にお越しいただき、非常に温かな雰囲気の中でイベントが行われました。

本記事では、そのイベントの様子を、ライター・佐々智佳子さんによるレポートでお届けします。

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一期一会のシナジー。

アメリカ屈指のマネジメントスクールであるクレアモント経営大学院ドラッカー・スクールで教壇に立つジェレミー・ハンター氏、そして日本古来の宮廷音楽である雅楽の演奏家でありながら、身体感受性を取り戻すためのヴォイスワークを提供している大塚惇平(おおつか・じゅんぺい)氏

異なる領域、異なる文化圏においてそれぞれに新しい価値観を探究し続けてきたおふたりが、東京都目黒区の実相山 正覚寺で、住職の池田真一(いけだ・しんいち)氏と共にワンデイ・リトリートを開催した。

この日のご祈祷、レクチャー、ヴォイスワークなど多岐にわたる非日常体験を通して筆者が得たもの――それは五感をひらいて「今」を享受するための型だった。

伝統文化の文脈でセルフマネジメントを捉える

今どんな香りを嗅ぎ、どんな味を噛みしめ、どんな音に癒されているのか。そしてそれらの感覚によって今どのような感情が立ち上ってきているのか?

「今」という瞬間に意識を向け続けることは、あたりまえのようでなかなか難しい。けれども、「今」に意識を向けられるようになってこそセルフマネジメントを効果的に行えることは、わたしも以前からTransformのプログラムを受講しながら学んできたつもりだった。

でも知っているのと、実際にその知識を活かせるかどうかはまた違う。今回のワンデイ・リトリートが貴重な体験となったのは、まさにセルフマネジメントの知識を活かすことに重きを置いていたからだ。「今」に意識を向ける具体的な方法を、「型」という日本の伝統文化に見出す取り組みとなった。

30年かけてセルフマネジメントの理論を体系化してきたジェレミーによれば、セルフマネジメントはアメリカでは心理的・精神的なもの、日本では生理学的・身体的なものと捉えられがちなのだそうだ。

そのうえ、日本では滝行のように身体的な「型」が存在していて、精神的なことは「後から型の中に入ってくる」と大塚さんはいう。ある一定の状態に体を整えることで、ある一定の精神状態が導き出される――それこそが型の叡智なのだ。日本文化に根ざしたセルフマネジメントのあり方を垣間見れたような気がした。

本稿ではワンデイ・リトリートでの様子、そしてその後わたしが感じたポジティブな変容について、やや個人的な視点からご紹介する。自分を変えたいと思っているけどはじめの一歩を踏み出せないでいる方、あるいは踏み出してはみたものの新しい世界に適応できず苦しんでいる方に、特に共鳴する内容かもしれない。

越境する苦しみ

というのも、ワンデイ・リトリートを受けた当時、わたし自身が真新しい世界でもがきあがいていたのだ。

異業種からの転職と、家庭内状況の変化をほぼ同時に経験した。かたや職場では一度に多くの情報処理に追われ、交感神経が刺激されて「レッドゾーン」に入りっぱなし。かたや家庭では生活習慣のぶつかり合いが生じ、心底疲れ果てて「ブラックゾーン」へ落ちていくというありさまだった。

新しい自分になりたいのに、理想と現実とのギャップがあまりにも大きく、苦しかった。

苦しみの先にあるもの

ところがリトリートが始まるやいなや、そんな苦しみなんてちっぽけに思えてくるような話を正覚寺の池田住職から伺った。

池田住職は大荒行(だいあらぎょう)を二度積んでいるそうだ。大荒行とは、11月から2月までの100日間、毎日7回、約3時間おきに冷たい水をかぶり、まともに睡眠も食事も取れないままにひたすら読経するという壮絶な修行だ。

「1 日 16 時間ぐらい正座をしているので、足にまず正座タコができて、さらにはタコが取れて足に穴が空いてしまう(池田住職)」ほど過酷だ。

なぜ、そのような苦しみを自ら選び取るのだろうか?

池田住職のお話では、冷水をかぶることで体を清め、お経を唱えることで「経力」を体の中に蓄えるために大荒行を行うのだそうだ。そうやって蓄えた経力を以て、はじめて日蓮宗修法師としてご祈祷を行えるようになるという。

リトリートでは池田住職のご祈祷を受ける機会に恵まれた。正覚寺の鬼子母神堂にて、鬼子母大善神様に罪障消滅の祈願をしていただいた。その名のとおり鬼子母神様はもともと人の子どもを喰らう鬼だったが、子を失う親の悲しみを知ってから改心し、守神となったそうだ。根底にあるのは「十界互具(じっかいごぐ)」という仏教の教え――どんなに悪い人にも仏種が備わっているから敬いを持ちましょう、という慈悲の心だ。

日蓮宗のお寺でご祈祷を受けるのは人生初の体験だった。読経の迫力と勢いに圧倒され、大太鼓の音に深く重く腹を揺さぶられた。塗香を分けていただいて手に塗り込み、ざくろの香りを愉しんだ。

何より、自ら苦しみを選び取ることで経力を得、その経力を以て人々の心の救済を祈願する僧侶の功労に、深い感銘を受けた。

クライシスはチャンス

あるいは苦しみを正面から受け止め、成長の糧に変えていける人もいる。それがジェレミーだ。

ジェレミーは、2025年1月に起きた山火事で家を失った。蔵書も、子どものレゴも、アートコレクションも灰燼に帰した現場でぼうぜんと立ち尽くしていた矢先に、9歳の息子さんが放った言葉――「Papa, fresh start!(パパ、フレッシュスタートだね!)」――がすべてを手放し、再スタートを切るきっかけとなったそうだ。

決して対岸の火事ではない。「VUCAの時代」と叫ばれる昨今、どんなクライシスにも適応できうる術を身につけておきたいと誰しもが思っているだろう。わたしもそうだ。人はクライシスに直面すると思考停止する、もしくは崩壊するパターンをたどることが多いなかで、

クライシスをどうやって“進化”につなげるか?

この問いこそが大事なのだとジェレミーは説明している。

“Crisis” という言葉には危機のほかにも「決定点、分岐点」という意味が含まれている。無自覚に過ごしていたこれまでの世界を離れ(あるいは引き離され)、新しい発見に満ちた世界へ移行するチャンスとも受け取れる。その際、多くの人は海に投げ出されたような拠り所のない不安な気持ちになるのだが、ポイントはいかに感情の波にあらがわず、その波に乗っていけるかだという。

そのためにはまず五感をフルに活用して「今」を意識することが重要だ。今この瞬間になにを感じとっているのか、そしてどんな感情が湧き上がっているのか?それらを意識できてはじめてそれらの感情を受け入れる、または受け入れないという判断を下すことができる。また、自分の内面が外の世界の見え方にも影響を与えていることに気づける。

では、どうすれば「自分の内側で起きていること」ともっと意識的につながって「外側で起きていること」に対してもよりクリアに向き合えるようになるのだろうか。

声でつながる

この「つながる」という点を意識しながら体を使ったワークをリードしてくれたのが、雅楽の管楽器のひとつ、笙(しょう)演奏家で、ヴォイスワークファシリテーターでもある塚惇平さんだ。

冒頭で大塚さんはご自身が直近で経験したクライシスについても話してくださり、リトリートに集まった人それぞれが個人的なクライシスを抱えていることにあらためて共感を覚えた。

笙は、鳳凰が羽を休めている姿にたとえられるという。その音色もまた鳳凰の鳴き声然りと言われるそうで、大塚さんの演奏に耳を傾けていると山の瀬にたなびく雲、針葉樹の森の蒼さ、地平線にかすむ海と空の臨界点など、自然な情景がありありと目に浮かんだ。言葉では言いつくせないほど、甘美な音色だった。

大塚さんによれば、日本の伝統的な身体観の中では「準備運動」という考え方がないという。なぜなら、日本を含めた東洋的な身体観の中では、日常生活のあり方、そしてその環境全体との適切な関わり方自体が準備運動の役目を果たしており、その延長線上に伝統芸能も存在していたからだ。

したがって、日本的なセルフマネジメントとして「整え」ということを考える時、ただ自分の身体を整えさえすればいいというわけではない。生活や、建築様式や、着物や、環境全体が自分の身体とシームレスにつながっている。

このような考え方のもと、リトリートでは日本的な身体の整えの感覚を、呼吸と声、そして笙の響きを通して味わってみる機会を得た。

雅楽の合奏には指揮者がいないという。お互いの呼吸や気配を感じながら、自ずから旋律が絡み合い、励まし合い、のびやかに天と地とつながっていく――。

鬼子母神堂の空間いっぱいにみんなの歌声が広がっていった。ヴォイスワークを通じて、自分だと思っていた意識のかたまりがこの広大な世界のほんの一部でしかないことに気づき、その流れに身を委ねてみようと思えた。

五感をフル活用する

正覚寺で蒔かれたセルフマネジメントの実践の種は、3ヶ月経った今もたしかにわたしの中で成長を続けている。

あの日池田住職、ジェレミー、そして大塚さんに学んだことを、いかに自分なりの「型」に落とし込んでいけるかが自分の成長にとっての鍵になると思った。そこで、一人でもできることとしてお香を炊いてみたり、ランニングを再開したり、レストランで美味しいランチをセルフごちそうしてみたりと、五感をひらく体験を選択するように心がけている。

そうやって五感をひらき、自己と向き合い、心身を整えることによって、ポジティブな未来に向かう羅針盤を手に入れたと感じている。

個人的なクライシスはまだ終わっていないが、

今どんな感情が湧き上がってきているのか?
今どんなエネルギーをこの場に持ち込んでいるのか?

このふたつを常に自分に問いかけることによってやり過ごすことを学んでいる。変えられない過去や、まだ起きていない悲観的な未来は、少しずつ意識から遠ざかっていきつつある。

また、ひとりで悩まなくても、大塚さんが主催するAWA VOICEでヴォイスワークを体験できるのもありがたい。正覚寺では毎月18日に鬼子母神堂を解放してご祈祷を行っている。近いうちにお礼参りに伺おうと思っている。

(写真・文:佐々智佳子)