Transform 学生向けプログラムのご紹介長野県立大学 客員准教授 稲墻聡一郎 インタビュー
Transform共同経営者/パートナーの稲墻聡一郎は、長野県立大学および大学院でも客員准教授としてセルフマネジメントを教えています。
なぜ稲墻が学生に向けたプログラムを行っているか、そして学ぶ意義とは何か、についてインタビュー形式でご紹介させていただきます。
学生時代にセルフマネジメントを学ぶ意義〜 自分の軸に戻る羅針盤を手に入れる 〜
2018年4月に開学した長野県立大学と、2022年4月に開学した長野県立大学院には、ちょっと変わった授業がある。
さまざまな角度から考えるということを考えるために、これまでの経営系ビジネススクールや大学院にはなかった「思考科目」を充実させている。その背景には、もはや従来の考え方では対処できないほど複雑化した社会問題がある。
それらの社会問題に対して、明確な答えが用意されているわけではない。そのため、より良い解決策を模索するために、アート思考・システム思考・身体性思考などの多彩な思考法と並んでセルフマネジメントを学べるようになっているのだ。
2019年から客員准教授としてセルフマネジメントを教えている稲墻聡一郎・Transform共同代表は、「学生の時にセルフマネジメントを学ぶ意義は大きい」と話す。なぜなら、稲墻氏自身が40歳を過ぎてからセルフマネジメントを学んだ経験から、「もっと早く知っていたらよかった」と切実に感じているからだ。
学生と一緒にセルフマネジメントを学び、実践していく中で、どのような気づきがあったのだろうか。稲墻氏に伺った。
(取材・構成:佐々智佳子)
目次
日本の学校では教えてくれなかったこと
――どのようなきっかけで長野県立大学の先生になったのですか。
20年ぐらい人材開発と組織開発の領域でお仕事をしていますが、組織に対して施策を立てたり、コンサルティングしていったりする中で、研修やワークショップのときには気づきがありインパクトを感じるものの、現場に戻ると一気にそれまでの習慣に戻ってしまうことが多くて。そんな時、アメリカのドラッカー・スクール(Peter F. Drucker School of Management)の経営者向け修士課程(Executive Management Program)に留学して、セルフマネジメントと出会ったんです。
「自分自身をマネジメントできなければ、他人をマネジメントすることなどできない」っていうピーター・ドラッカーの考え方に感銘を受けました。自分で自身を変えられる、新たな選択肢を生み出していけるっていうのは、仕事に対しても、人間一人ひとりに対しても必要なんじゃないか?
切実にそう感じて、そこから関心を持ち続け実践を続ける中で、機会を頂きました。
日本人のデフォルトは「がんばれ」
日本人の多くの人が持つデフォルトのマインドセットの一つとして「がんばれ、がんばれ」という精神があると思います。とにかく自分ががんばらなきゃいけないとか、もっとできるはずだからできるまでがんばらなきゃとか、がんばれない自分はダメだとか。それをずっと期待されてきて頑張り続けて、がんばりすぎて疲れてしまっている人がもうほとんどだと思うんです。私も40歳までそうでした。
デフォルトが「がんばれ」だから、その選択肢しかない、そうしなきゃダメだって思って生きている人がすごく多いですよね。でも、無意識にそうする中で選択肢を自分で閉ざしていて。頑張ることが自分の中で当たり前になってたことに気づいて、違うところに意識を向け直してみると、実は他にも選択肢が見つかったりして。これって実はすごく大きいし、自分自身とても大きなインパクトを受けました。
「がんばれ、がんばれ」しか知らなかったことに対して、違う視点がドラッカー・スクールの授業で手に入ったのは、自分にとっての大きなパラダイムシフトでした。具体的には、神経系の話と、体・感情・思考の繋がり、マインドセットの話やIRマップなどですが、これらの視点は日本ではなかなか教わりません。学校教育でも教わらないですし、社会人になっても、「自分のことは自分でどうにかしろ」という風潮だから、何をすれば自分で自分を変えられるのか、選択肢や、可能性や、思考の幅を広げられるのかがわからない。そうして選択肢が閉ざされたなかで、レッドゾーンやブラックゾーンの状態に陥りやすい国民性を作ってきたのがこれまでの日本だったと思います。この状態を変えていくためのベースのスキルとしてやっぱりセルフマネジメントは大事だと感じています。
セルフマネジメントは、学生のうちに知っておけば人生を通して使えるスキルになる。自分の軸に戻る羅針盤になります。いつ学んでも遅くはないですけど、自分としてはもっと早く知っておきたかったというのはありますね。
意識の向け先を変える授業
――長野県立大学と大学院ではどのような授業を教えていますか。
グローバルマネジメント学部の大学生向けに「セルフ・マネジメントと社会イノベーション」という授業、そしてソーシャル・イノベーション研究科という大学院で、「セルフマネジメント2」を担当しています。
「セルフ・マネジメントと社会イノベーション」は、基本的にはTransformで提供しているStep 1*の内容と同じで、社会に変化をもたらす前にどのように自分自身をマネジメントし、影響力を発揮していくかを学ぶプログラムです。
自分を知る方法や自分を変える方法をだれも教わっていない中で、多くの学生は思考に偏重していて、「どうにか考え方を変えたい」と感じている人が多いのですが、考え方を変える方法だけを教えるのはなくて、「自分をマネジメントするとはどういうことか、自分で結果を変えるとはどういうことか」を感情・身体感覚・思考を総動員しながら学んでいきます。
望む結果を得るために、どう自分をマネジメントすればいいのか。パフォーマンスを発揮できる状態をどのように作り、どのようにリーダーシップを発揮するのか。これらを理解して、日々の中で実践できるようになることで、社会イノベーションとどう繋がっていくのかを知ってほしいのが狙いですね。
大学院生向けのプログラムも、立て付けは違いますが、学ぶ土台は同じです。
*Step 1: Creating Choices~変化が大きな時代に必須となる、 セルフマネジメント・リーダーシップ開発プログラム~
――具体的には、どのようなことを学ぶのでしょうか。
まずは演習やワークを通じて、今まで積み上げてきた「自分のあたりまえ」に気づくところから始めています。自分の身体の状態や感情のパターン、思考のクセに気づくところから始まり、神経システム(レジリエンスゾーン)についての理解を深めていきます。
さらに、「Intention Result Map(IRマップ)」を使って自分の望む姿と今ある結果とを結びつけていきます。最終的には、自分の今の状態を理解することで、自分の行動パターンを変えるための方法を考えて、新たな結果を生み出すための選択肢を広げることができるようになってほしいのが目標です。
たとえば、「Appreciation List(アプリシエーションリスト)」がとてもよかったと言ってくれる生徒が多くて。これは1日10個 、重複なしで、毎日感謝できることを書いてくださいというワーク。それを1ヶ月間続けて、レポートを提出してもらっています。
人の意識はネガティブな方に向いてしまう傾向があるのですが、それは別に考え方や自分が悪いのではなくて、意識が自然とネガティブなほうに向いているいるだけだったりします。一方で、意識がネガティブに向くとネガティブな体験が生まれやすい。なぜなら、ネガティブなところを見ているから。アプリシエーションリストは、「意識して自分の周りにある何か良いことや感謝できることを見ようね。」「それを毎日やることで意識の向け先を自分で選ぶ練習をすればいいんだ」と気づいて、安心する生徒が多いですね。自分はどうしてもネガティブ思考から抜け出せなくて焦ったり不安になっていたけど、それは自分がネガティブなところを見ようとしちゃってるからだし、そうなっているのは自分だけじゃないんだと知って安心する生徒も多かったりします。
心理的安全性の高さ
――ほかにも授業の特色はありますか?
生徒同士でペアやグループを組んでダイアログをしてもらうことが多いのですが、そもそも自分のことを誰かに話すっていうことに慣れていないとか、友達にもこんな深いことを話したことがないっていう生徒が多い。
集中講義なので、1回につき300分の授業の中で3、4回はペアやグループワークをするのですが、その中で、感情の話、身体の話、思考の話や、自分に起きていることについての話をするんです。最初は抵抗感を持っていたとしても、こういう話を初めてしたけど話しても大丈夫なんだ、と安心感を覚えた生徒は結構いました。
実際、グループで話すときはものすごく楽しそうに話していました。あと、4回目の授業で1人30分ずつ、ペアでお互いの I Rマップを共有するのはとても大きなポイントになります。自分の望まない結果が起きているテーマを話して、それがなぜ起きているのかを深掘りしたり、選択肢を見つけていったりするのですが、それまであまり知らなかった人に話していても大きな発見に繋がったり、その2人の共通点を見出せたりするので仲が良くなるんです。
一生もののツールを手に入れる
――セルフマネジメントについて学んだことで、生徒にはどのような変化が見られましたか?
生徒によってもまちまちですが、神経システムのフレーム(レジリエンスゾーン)を手に入れたことで、レッドゾーン、またはブラックゾーンにいることが減ったと多くの生徒がレポートに書いてくれています。
あと、自分のことだけでなく、人のことがよりよく理解できるようになったと、大学生・大学院生のどちらもが言っていました。自分が考えていることと他者が考えていることや、自分が視点を向けている先と相手が視点を向けている先が全然違うんだっていうことに気づけるようになったと。
ほかにも、家族や友達に対して優しくなれるようでした。あとは、自分の意見を言えるようになったという生徒もいました。それまでは自分に自信がなかったり、意見を言うのはダメだと思っていたり、そもそも意見を持っていない自分はダメだとか、ほかの人の方が優れているとか考えてしまう生徒は多かったようです。その中でレッドゾーンやブラックゾーンでいることが当たり前になって辛かったけど、グリーンゾーンの中で生きていける時間が増えたことで、話すことが楽しくなったり、別に完璧じゃなくてもいいやって思えたり、周りの人に相談できるようになったという感想も結構ありましたね。それはバイト先でもそうですし、ゼミでもそうですし。長野県立大学では最初の2年間を寮で過ごすので、その中での人との関係性が変わったという生徒も多かったようです。
――関係性が変わるというと?
相手がフラストレーションを感じている時や、自分自身がフラストレーションを感じている時に、それまではレッドゾーンになって攻撃的になったり、ブラックゾーンに落ちて何も言わなくなってしまうのがゼミや寮でよくあるコミュニケーションスタイルだったようです。
けれども、セルフマネジメントを学んだことによって、相手がレッドゾーンやブラックゾーンに行ったりすることに気づいて、それに応じて自分の話し方を変えることができるようになった。もしくは、自分がレッドゾーンやブラックゾーンにいることを気づくことで、その場から一旦離れたり、グラウンディングして気持ちを落ち着かせたりするという選択肢を持てるようになったことで、会話が変わり、関係性が変わることはあったみたいですね。
生徒のひとりは、バイト先で緊張して固まっていたことから先輩や店長から「もっとリラックスしていいよ」と言われてさらに緊張していたそうなんです。その生徒が、意識の向け先を変えることでレッドゾーンからの脱却に成功し、グリーンゾーンの中で接客する楽しさをちょっとずつ増やしていけたそうです。
その結果、先輩や店長からも「すごく変わったね」と良いフィードバックをもらえるようになったし、その人たちとの会話もより楽しめるようになったと話してくれました。なんだか嬉しいですね。
学生時代にセルフマネジメントを学ぶ意義
–-最後に学生時代にこのような内容に触れるということはどういうことなんでしょうか?
少し繰り返しにはなりますが、学生のうちにこれを知っておけば、人生を通して使えるスキルになる。自分の軸に戻る羅針盤になります。いつ学んでも遅くはないですけど、自分としてはもっと早く知っておきたかったというのはありますね。
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