【イベントレポート】ジェレミー・ハンター×若佐慎一 MONTHLY WAKASA1周年記念対談 〜「自分」をどう進化させるか? 〜

去る2024年11月8日、Transform共同経営者ジェレミー・ハンターと、かねてより親交のあるアーティスト・若佐慎一氏との対談がついに実現しました。

若佐氏のアトリエで毎月行われている「MONTHLY WAKASA」シリーズの1周年記念として開催されたスペシャルイベントでの様子を、ライター・佐々智佳子さんに依頼しレポートにまとめていただきました。

***************************************

日本絵画の新たな表現を追求し続ける美術家と、セルフマネジメント研究実践の第一人者。

異彩のふたりが海を越え、言語を超え、業種を超えて本音でとことん語り尽くす貴重なイベントが、赤坂にあるアトリエ「WAKASA WORLD」で2024年11月8日(金)夜に行われた。

登壇したのは国内外問わず活動の場を広げている気鋭のアーティスト・若佐慎一氏、そしてTransform共同経営者で米ピーター・F・ドラッカー大学院准教授でもあるジェレミー・ハンターだ。

そもそもおふたりが出会ったのは2018年だったという。Transform共同経営者の稲墻聡一郎氏が「面白い人を探す旅」の途中で出会ったのが、若佐さんだった。そこからジェレミーさんとも交流が生まれ、6 年越しで今回のイベントが現実のものとなった。

2時間以上にわたって繰り広げられた対談のテーマは「自分をどう進化させるか」。参加者からのコメントや質疑応答も交えて、終始エネルギッシュな意見交換の場となった。

卓越した質問者

かたやアメリカの大学院でMBAプログラムを教えるジェレミーさん、かたや日本の風土と宗教観にインスパイアされた絵画・彫刻・壁画・服飾・伝統工芸の図案などを創作し続ける若佐さん。共通項がないようにも見受けられるおふたりだが、実はどちらも「問いを立てること」に関してずばぬけたセンスをお持ちだ。

両氏共々、ものごとの本質を追求するために絶えず自身に鋭い問いを投げかけ、その自己問答の末に得た学びのエッセンスをカリキュラムに、そしてアート作品に注入し、世の中に提供し続けている。

ジェレミーさんいわく、

The life that you’re living now is the answer to the question you’ve been asking yourself
(今あなたが生きている人生は、あなたが自分自身に立てた問いの答えです)

とのこと。

今回の対談中にもいくつかの重要な問いが立てられた。それらに沿って、おふたりのトークから示唆された学びの数々をご紹介していきたい。

「今、どのような結果を手にしていますか?」

冒頭ではまずジェレミーさんがTransformを立ち上げた経緯を語った。Transformのプログラムに参加された方はすでにご存知かもしれないが、ジェレミーさんは今から33 年前に不治の病と診断され、余命5年と言い渡された。ややもすれば絶望的と捉えられかねないこの状況から、しかしジェレミーさんが受け取ったのは

この結果をつくり出したのは自分自身にほかならない

という気づきだったという。ドラッカーの「まず自分をマネジメントできなければ他人をマネジメントすることなどできない」という言葉を出発点に、ジェレミーさんは自己と厳格に向き合った。そして、健康を蝕んでいる思いこみや行動をあぶり出し、視点を変えて新たな選択肢を見出し、結果を変えていくためのメソッドを構造化した。そのメソッドこそが今、Transform社が提供しているプログラムの土台となっているという。

「あなたにコントロールできるものはなんでしょうか?」

ジェレミーさんが今ある結果、そしてその結果をつくり出している自身のマインドのあり方について体系的に教え始めた20年前は、周囲の人たちから「そんなことを教える必要があるのか」と疑問視さえされたそうだ。ところが、2008年に起きたリーマンショックにより、多くの人々が未曾有の苦境に立たされた。また、2020年のコロナ禍以降においては世の中の不確実性が顕著になり、自分がコントロールできるのは自身のマインド以外にないという認識が広まりつつあるとジェレミーさんは話した。

コロナというパンデミックが世間にもたらした影響は大きい、と若佐さんも同意した。コロナ禍で家に籠ることを余儀なくされた日本人の多くは、自己と向き合わざるを得なくなったからだ。「毎日会社へ行く」というルールがなくなった瞬間、何をしていいのかわからなくなり、落ち込んだ人もいたのではないかと推察した。

その上で、若佐さんは、「アーティストはこれを毎日やっている」とも指摘。さらに、

自分のことは認めているんだけど、同時にめちゃくちゃ否定している。このカオティックな状態を自分の中につくって、作品をつくり続けることで進む。[…]毎日チェンジしているって言うと大げさだけど、マインドが変わっていくのは当たり前のこと。

パンデミックが終焉した今多くの人はルールのある生活に戻っているが、それでもコロナ禍以前にはなかった「新しいことをしよう」という機運はそこかしこに散らばっていると若佐さん。いずれ「全員アーティスト時代」の到来があるのも夢ではないからこそ、セルフマネジメントの考え方が今後ますます重要になってくるだろうとの考えを示した。

「自分をなぜ進化させる必要があるのでしょうか?」


このような時代背景からも、自分を意識的に進化させていく「トランジション」の重要性は明らかだ。ただし、あなたの内面を進化させなさい、とは誰も言ってくれない。実際に進化させずとも働いて、昇格して、家庭を持って…とつつがない人生を送ることだって可能なのだ。

では、なぜ自分自身を奮い立たせてまで進化する必要があるのか?

若佐さんによれば、それは既出の通り時代の変化に要求されているためだ。「これからは自分で考えて、自分にとって一番いいと思えることを自分の責任で行動を起こさなければいけない時代になる」と説明した。またジェレミーさんによれば、それが社会で活躍できるキャパシティを広げるという。内面の進化を遂げた結果、わずか3年間で所属していた団体のトップに登りつめた元生徒の事例を紹介し、複雑化する世の中に対応できるキャパシティを広げられる可能性を示唆した。

ここでジェレミーさんは「フロー体験(flow experience)」についても言及。心理学者のミハイ・チクセントミハイ氏に提唱された理論によれば、自分の限界に挑戦し続ける行動は没入感を高め、生き生きとした達成感と共に自己成長を促すという。さらに、このような行動はわたしたちに喜びをもたらし、その喜びには社会をも変えていく力がある。例えばシアトル在住のバリスタが美しいコーヒーをつくりたくて始めた「ラテアート」は、徐々に広まっていくにつれてより緻密で優美なデザインへと進化していき、やがてはグローバルなカルチャーに育った。同じ志を持った人たちが集まり、フロー体験を共有することで、お互いのスキルを高め合うだけではなく経済的な価値をも創生できるのだ。

「実際どのように進化していくのですか?」


人の内面の進化の過程を「トランジション」と呼ぶとすれば、トランジションには「なにかの終わり」、「混沌の時期」、そして「なにかの始まり」の3つの段階があるそうだ。始まりのステージに到達したとき、人は今までよりも高い次元において機能できるようになる。それはコンピューターのOSをアップグレードするのと似ている、とジェレミーさんは説明した。だが、実際の変化が現れるのは混沌の時期という。試行錯誤を繰り返して新しいあり方を模索すると同時に、過去を手放すことが求められる。混沌の時期には1歩進んで3歩下がるような苦しい状況が続き、痛みを伴うが、それでも歩み続けなければならない。

ここで、答えがないことをやり続けるのが常であるアーティストにとって、この混沌の時期の「カオスな状況はすごく美しい」のだと若佐さんは説明した。

アーティストはそもそも自分が何をしたいのかを疑い、その欲求自体が正しくないかもしれないとまた疑い、たとえアウトプットを褒められたとしてもそれすらを否定して、また次の新しいものを作っていくという。だからこそ、中間にある混沌の時期に「知らない間にほかのエリアに行けたりとか、もしくは次の段階に行けたりとか、そういうことが結果的に起こるのがアーティストとしての思考のあり方」なのだそうだ。それゆえに、アーティストの心境としては「変化しないこと自体が恐怖」だとも説明してくれた。

ジェレミーさんが話した「トランジション」という考え方と、アーティストとしての思考のあり方が類似している点は非常に興味深い。

「どうやったら行動を起こせることが習慣化できますか?」


とはいえ、変化を求めて行動を起こすのは「単純で簡単なようで、意外と難しいこと」(若佐さん)。多くの人にとって、変化は不安をつのらせる。

「フロー体験の前段階で止まっている人が多いし、そこが一番の問題なのではないか」という若佐さんの指摘に対して、ジェレミーさんが提案したソリューションは「imagination(想像力)」。どんなに小さなことでもいいので、自分に目標を課して達成に向けて試行錯誤していくと、おのずと楽しみや達成感が生まれてくるのだという。例えば、ジェレミーさんは食洗機にいかに美しく食器を収められるかをチャレンジとし、楽しんでいるという。また、若佐さんの場合は環境を変えたり、本を読んだりと、インプットの作業を大事にしているという。

おふたりの対談から見えてきた三つめのソリューションは、瞬間のマネジメントだ。

すごく単純な問いかけを突き詰めることが重要なんですね。単純な問いとは、自分が何が好きで、何をしたいのか。しかもそれを大きな単位ではなく今、今、今。なんとなく生きることをなくして、すべてと向き合うこと、それがセルフマネジメントの始まりでもあり一番重要なポイントであるということですね

との若佐さんの説明に、参加者は大きくうなずいていた。

「自分自身にどんな問いを立てていますか?」

左からZebras and Company 阿座上さん、Transform 稲墻、若佐さん、ジェレミー

「今あなたが生きている人生は、あなたが自分自身に立てた問いの答えです」。ジェレミーさんの言葉について、あらためて考えながら本稿を終わりたいと思う。

ジェレミーさんが自分自身に立てている問いは「人生を楽しめているか?」。若佐さんにとってのひとつの基準は「100 年くらいの単位で歴史に残るか残らないか」なのだそうだ。

あなたは今、自分自身にどんな問いを立てているだろうか?

(写真・文:佐々智佳子)